愛しの座敷わらし 作:萩原浩 感想

読み終えて本を閉じたとき、なんだか心がポッと暖かくなりました。

いまどきの家族を象徴するかのような高橋家。父の晃一は食品メーカーのうだつのあがらない万年課長、母の史子は夫に愛想を尽かし姑にも悩むありがちな主婦、長女の梓美はいわゆるKYで友達といえる仲間がいない中学生、長男の智也は喘息もちのためか過保護ぎみに育てられている小学生、そして祖母の澄代は夫に先立たれて息子の晃一夫婦と住むようになったがちょっと認知症のような症状のあるバァーバ。どこにでもいそうな家族が、晃一の地方転勤(半分リストラのようなもの)で、田舎町にやってきた。どうせ田舎に住むならと、支店のある街中ではなく、電車に1時間乗ってそこから自転車で30分といった不便ではあるが、のんびりとした田舎らしい広い大きな一戸建て(実は築103年の古民家)に家族の反対を押し切って引っ越した。そこで出会ったのがおかっぱでちょんちょろりんを結って紺色の着物を着た座敷わらしだった。はじめはおっかなびっくりの智也だったが、5歳くらいの体格でクリッとした目の愛らしい様子に怖さも無く、むしろ出てきてくれるのをいまかいまかと家の後ろの祠の前で待つようになっていった。家族の中では祖母の澄代にも見えるらしいので、はじめは智也と2人の秘密だったが、ついに母も姉も鏡を通して見つけてしまう。そのころから、バラバラだった家族は、座敷わらしでつながっていき、さらに近所の人ともつながっていく。中でも、転校先でもKYになりつつあった梓美が「家には座敷わらしがいる」といって、友達ともつながり、ついには家に遊びに来てくれて、そこに顔を出してくれた座敷わらしに『ありがとう』いうシーンはなんと素敵なんだろうと泣けてきました。

座敷わらしは、実際にいるのでしょうか?それはこの本にはもちろん書かれていません。でも人の心の中をポッと暖かくするものって、身近にあるのではないでしょうか?それが何なのか大人になると見えなくなってしまうものなのか分りませんが、身近なものから探し出してず〜っと大切にしたいものです。