悼む人 作:天童荒太 感想

赤いカバーに耳の長い彫刻の写真、さらに『悼む人』といった思想を連想させるようなタイトル・・・この本を手に取った時、何が書いてあるんだろうと吸い寄せられるような感覚がありました。読み終えた今、一言、「生きる人の愛」が書かれていたと思っています。主人公の坂築静人は、人の死を悼むため日本各地を歩きます。新聞や週刊誌に載る事件を記録に残し、その場所を訪ね、亡くなった方を心に刻み込むことで『悼む』のです。「故人がどういった方に愛されていたんでしょう。どんな人を愛していたのでしょう。どんなことで人に感謝されたことがあったでしょうか・・・」訪れた先で尋ね聞くのは、事件ではなく「人」の暖かさを感じるエピソードのこと。触れ合う人ははじめなにかの宗教かと訝しげに思いますが、心のあたたまる想いを静人に伝えることでほっと和んでくる様子が繊細な描写で書かれています。ライター蒔野の変貌・母親である巡子の闘病・加害者の倖世のしょく罪・・・静人の旅と同時進行する関連した物語が悼む人の慈愛を引き立てて行く、そんな物語です。日本のどこかに、静人はいて、悼むことをやめられずにゆっくりゆっくり歩を進めている・・・悼む人を悼むのは、あとに続く人でしかないのでしょう。こころの隙間をジワッと埋めてくれるような作品です。